フィルトレーション
フィルトレーション 2008/06/26
フィルトレーションという概念があります。これは数学用語ですが、「明日の株価は、明日になれば分かる」といった意味のものです。将来は、そのときになれば分かります。しかし、“そのときになってからでは遅い”こともあります。
「間に合わなかった」、「あのときに、もっとこうすればよかった」といった思いは、誰にもあるものだと思います。それは、フィルトレーションによって知り得た状況が、そのように認識させるわけですが、「こうすれば、こうなったはずだ」という機会認識は、明日になって株価が明らかになってからでは、価値がないのです。「いま、こうすれば、明日にはこうなる」という機会は、明日にはその機会の効果、つまり消費期限が過ぎてしまうのです。
昨日(2008/06/25)「原油高の真相」と題して、問題化している「原油高」が、BRICsとの市場統合を背景とする「価格調整過程」、すなわち、本源的価値への回帰現象がもたらすものであることを述べました。価格調整は①デフレ→②インフレ→③通貨価値調整の過程を通じて大きなうねりとなり、私たちはその渦の中にいやおう無しに巻き込まれて行くのは必至です。がしかし、フィルトレーションの下で①~③には、「富を増やす機会」も「富を無くす機会」も享受できることを知らなくてはなりません。①②③は、何れも「機会のオプション」を私たちに与えてくれます。それを、どのように行使するかによって私たちには、全く異なる将来が待っています。